川渡温泉越後屋旅館―伝統の名湯の二つの源泉が楽しむことができる温泉宿 ― 2010/11/03
川渡温泉越後屋旅館の温泉に入ってきました。川渡温泉の中心地にあります。駐車場は少し離れたところにあります。湯治客も受け入れているようです。料金400円。ロッカーはありません。

当旅館は、川渡支所前源泉を越後の湯として使用しており、共同浴場と同じ源泉です。自前の源泉を不動の湯に利用しています。温度は42.1℃なので加温しているものと思います。主成分はどちらも殆ど同じですが、越後の湯は薄緑で不動の湯は白獨しています。カリウムイオンと炭酸イオンの塩化物が違いをつくっています。

越後の湯は源泉かけ流しで、湯口は51℃で風呂の温度は43℃でした。露天風呂は、湯口と風呂ともに1℃低めでした。

二つの源泉を使った風呂を時間代わりで男女別に使い分けています。

この日に入浴したときは越後の湯が男湯になっていたので、不動の湯には入ることができませんでした。
川渡温泉共同浴場―1200年の伝統の名湯を偲ぶ温泉 ― 2010/11/03
川渡温泉共同浴場に入りました。駐車場はないので、近くに保健センターか家畜市場に止めることができます。玄関の位置口を開けて脱衣所に入ると料金箱があり、200円を入れます。管理人はいません。
玄関の上には午後11時から午前4時までは閉鎖するので入浴できませんと表示があります。
玄関の上には午後11時から午前4時までは閉鎖するので入浴できませんと表示があります。

源泉は川渡支所前源泉を使用しています。温度52.6℃で湯口から51℃のお湯がふんだんに注ぎこまれています。祝日ですが入浴客も少ないためか、風呂は45℃もあってとても長湯はできませんでした。

主成分はナトリウム・カルシウム・カリウム・硫酸塩・炭酸・塩化物でした。源泉かけ流しです。お湯の色は薄緑で硫黄の浮遊物がありました。

施設は新しくはありませんが、きれいに掃除してありました。川渡温泉は鳴子温泉より古いことがわかりました。

「続日本後紀(しょくにほんこうき)」は、朝廷が編纂した歴史書で833年から850年までの出来事が記されています。この続日本後紀」の承和四年(837年)に下記のように書かれていることからこの年が鳴子温泉の始まりとされています。川渡温泉は次の文章に鳴子温泉ができる時点で既に玉造賽の温泉石神とありますから、それ以前の玉造の賽が設置された時にもう温泉として存在していたことになります。
玉造塞の温泉石神、雷響き振い、昼夜止まず。温泉河に流れてその色漿の如し。加うるに以って山焼け谷塞がり、石崩れ木を折る。更に新沼を作る。沸声雷の如し。此の如き奇怪、勝げて計うべからず。よって国司に仰して災異を鎮守し夷狄を教致せしむ。

川渡温泉石神社の参道の位置口にある案内板に次のように書いてあります。
由緒
温泉石神社は約壱千百年前に作られた「延
喜式神明帳」に、玉造郡三座の一として登載
されている延喜式内神社である。
承和四年(八三七年)この地に大噴火が起 り雷響き振へ晝夜止まず。周囲二十余尺の大 石の根元より温泉河に流れその色水漿の如し。依つてこの石を温泉石神として祀り鳥居 だけがあった其の石上に承和十年神社を建 立し、大汝貴命・少彦名命を祀り土地の人達 この状を具して朝廷に奏し、明治七年大口村 の鎮守神として村社に列せらる。民生の安定・五穀豊穣祈願・天然の温泉の神恵を感謝して毎年祭典が執り行われている。
承和四年(八三七年)この地に大噴火が起 り雷響き振へ晝夜止まず。周囲二十余尺の大 石の根元より温泉河に流れその色水漿の如し。依つてこの石を温泉石神として祀り鳥居 だけがあった其の石上に承和十年神社を建 立し、大汝貴命・少彦名命を祀り土地の人達 この状を具して朝廷に奏し、明治七年大口村 の鎮守神として村社に列せらる。民生の安定・五穀豊穣祈願・天然の温泉の神恵を感謝して毎年祭典が執り行われている。
| 歳旦祭 | 一月一日 |
| どんと祭 | 一月十五日 |
| 例祭 | |
| 七五三祭 | 十一月十五日 |
作並温泉湯の原ホテル―落ち着いた閑静な温泉宿 ― 2010/11/06
作並温泉湯の原ホテルに入ってきました。作並温泉の入り口にある閑静で落ち着いた温泉宿です。料金は平日700円で1階の総大理石風呂が利用できます。休日は4階の展望風呂と露天風呂も利用できて1000円です。ロッカーはないのでフロントに貴重品は預けることになります。
宿から眺める周囲の山は紅葉の真っ最中で素晴らしい眺望でした。廊下には土井晩翠が書いた荒城の月の額がありました。



当旅館の源泉は、共同源泉の佐蔵の湯です。この源泉だけですべての風呂を賄っています。源泉は湯神神社近くにあり、温度も43℃と低いため、常時加温しています。加水なし。循環と塩素消毒をしています。塩素の臭いはしませんでした。湯口から43℃のお湯が注ぎこまれ、風呂の温度はすべて42℃でした。

源泉の主成分はナトリウム・カルシウム・塩化物・炭酸・硫酸塩でした。展望風呂からの紅葉の眺めも素晴らしかったけれども、湯気で曇っていて十分に堪能できなく残念でした。

創業57年になります。独自の源泉がなく、共同源泉だけを使っており、古い温泉街のなかでは比較的新しい旅館です。

秋保温泉蘭亭―中国の故事にちなんだ蘭亭の曲水庭苑のある温泉宿 ― 2010/11/07
秋保温泉蘭亭に入ってきました。8年ぶりの再訪問です。私が赤旗記者になりたてのころ、妻と温泉巡りを始めて間もなく宿泊したことがありました。秋保工芸の里に行く手前の高台にあり、温泉街の眺望が楽しめます。

風呂は3階に内湯と露天風呂があります。露天風呂に入るとき日差しや雨を防ぐために笠を用意していました。他には見られない心づかいです。


主成分はナトリウム・カルシウム・マグネシウム・鉄・塩化物・硫酸塩・炭酸塩でした。
加温・加水・循環・塩素消毒をしていました。源泉の湧出量が96.3ℓ/minと少ないため循環と加水をしているものと思われました。源泉温度が高いので加水していると表示があったが、信じることは不可能です。
加温・加水・循環・塩素消毒をしていました。源泉の湧出量が96.3ℓ/minと少ないため循環と加水をしているものと思われました。源泉温度が高いので加水していると表示があったが、信じることは不可能です。

ホテルの名前が中国の故事にならっているためか、廊下には書の展示がめだちました。庭には曲水庭苑がありました。中国の書聖・王義之が小舟を浮かべて宴会を催し、蘭亭叙を書いた所もこのような庭であったのかと思いを馳せました。

庭の入口に石渕温泉由来記があったので、旅館に尋ねると、石渕温泉のオーナーが温泉のダムに水没する補償金で、閉鎖していた旅館を買い取って蘭亭を開業したと言っていました。創業15年です。





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