下呂温泉―日本三大名泉の情緒が溢れる温泉街 ― 2010/08/16
盆休みにバスツアーで岐阜県の下呂温泉に行ってきました。宮城県の鳴子温泉より大きな温泉街でした。早朝5時半に宿泊ホテルの湯元館を出て、下呂大橋を渡り、温泉神社を見ました。湯殿山神社を分霊したものでした。
173段の石段を登った高台にある温泉寺から町の全貌が眺望できました。
173段の石段を登った高台にある温泉寺から町の全貌が眺望できました。

町の中心を川が流れている雰囲気は、山形県の銀山温泉に似ていました。銀山温泉は、古い建物が残っていますが下呂温泉は近代的な建物です。川淵には行灯が設置してあり、温泉情緒を掻きたてていました。

宿泊した下呂温泉湯元館は、源泉かけ流しで温度も高めで快適でした。お湯は無色透明です。ホテルの一室の浴場にも拘らず、宣伝写真のためか、岩風呂に見せようとして壁に岩を貼りつけているのは、不自然さが気になりました。

温泉街には外湯も多くありました。江戸時代の林羅山や万里集九らが日本三大名泉を言い出したらしい。日本三大名泉発祥の地の碑が温泉寺の近くにありました。
碑の説明には、1491年に京都相国寺の僧万里集九が、63歳のときに美濃国鵜沼の春沢梅心翁とともに、 飛州下櫓温泉 に浴し、 温湯連句会を催し、五十韻の連句が詠われ、その句集の序を 万里集九が次のように記しているとありました。
「本邦六十余州、毎州有霊湯、其最者、下野之草津 、津陽之有馬 、飛州之湯島 三処也」

下呂温泉の発祥には、鷺が発見したという伝説があり、温泉寺には鷺が止まった松の木(瑠璃の松)が石段の頂上にあります。村人がその根の所を掘ったら、瑠璃色の薬師如来が出てきたそうです。如来像は温泉寺に祀ってあります。
野口雨情の歌碑がたくさんあった。野口雨情は、1938年に湯之島館・春慶館に宿泊しています。14章からなる下呂歌謡があり、雨情公園も整備されています。

二度と来ることができないかもしれないので、強行スケジュールのツアーのなかで、朝に温泉街を散策しました。日本唯一の温泉博物館があったけれども見ることができなかった。





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