国民宿舎あぶくま荘―四季の彩りと豊かな自然に恵まれた人工温泉の宿舎2010/12/23

 宮城県丸森町にある国民宿舎あぶくま荘に行ってきました。周辺には不動尊公園や産直市場など多彩な施設が集積しています。3年ほど前の丸森町議選の取材の折に入浴したことがあります。
 今回入ってみて露天風呂があることがわかりました。申し訳程度の広さでした。

国民宿舎あぶくま荘

 日帰り入浴は午前10時から午後8時半まで。毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)の午前8時から午後2時までは掃除のために休みます。料金は500円。券の販売機が隠れていて分かりにくかった。
 温泉分析票はなく人工温泉の表示がありました。

国民宿舎あぶくま荘の温泉表示

 風呂の温度は内湯が41.5℃、露天が42.7℃ありました。湯口からは殆ど同じ温度のお湯が注がれていました。無色透明。
 多分、循環と塩素消毒しているものと思われます。微かに塩素の臭いがしました。
 レストランで山菜そばを食べて帰りました。休日のわりには訪問者が少なかった。

あぶくま荘の風呂


青葉温泉青雲閣―旗巻古戦場入り口にある純和風旅館2010/12/23

 宮城県丸森町にある青葉温泉青雲閣に入ってきました。かなり前に旗巻古戦場跡を探索した折に入浴したことがありました。
 今回再入湯してみて、浴室入り口に「塩素消毒してあるからレジオネラ菌は検出されないので安心して入浴ください」という表示を見て温泉の宣伝としては最悪で、思わず気力が消失してしまいました。

青葉温泉青雲閣の遠景

 庭や建物など純和風の様式で文句なしの施設なのに、分析票の表示もなく、温泉に対する認識の不足からこんな温泉にしているのは残念極まりない。

青葉温泉青雲閣の外観
 
 入浴料は500円。第2と4火曜日が休館しています。日帰り入浴は午前9時半から午後9時までやっています。浴室も庭園を眺めながらのいい造りでした。
 男女別の内湯だけで、お湯の温度は41.9℃、湯口は48.6℃でした。

青葉温泉青雲閣の浴室入り口

 すぐ近くには安部貞任が創建したという熊野神社があり、境内の大杉は樹齢100年の町の天然記念物に指定されています。

熊野神社の鳥居
熊野神社の大杉の説明板
熊野神社の大杉

 車で10分間近く丘を登ると、戊辰の役で仙台藩が西軍を迎え撃った最後の陣地である旗巻古戦場跡があります。

青根温泉不忘閣―伊達藩の御殿湯を伝承する日本の秘湯を守る宿2010/12/23

 宮城県川崎町にある青根温泉不忘閣に宿泊しました。1528年に開湯した古湯で、現在21代目佐藤仁右衛門が当主となっています。
 今年いっぱいで定年退職するので、また温泉探訪の一区切りの意味でも青根温泉の不忘閣に宿泊して、青根御殿の展示物を見てみたいと思いました。


 以前は共同浴場となっていた大湯が廃止となっていましたが、不忘閣の内湯として2年の歳月をかけて復元されたのを機に日帰り入浴を止めてしまったので、なおさら宿泊しなければ温泉に入ることができなくなりました。

青根温泉不忘閣の高浜虚子の句碑
      
青根温泉不忘閣の宿泊棟

 午後4時すぎにチェックインし、先ず御殿湯に入りました。御殿湯は以前は日帰り入浴させていた風呂です。大小の2つがあり、時間帯で男女別に使い分けています。蛇口やシャワーがあるのはここだけです。
 仲居の説明では、大湯と新湯の2本の源泉を独自に使っているかの説明があったのですが、御殿湯の脱衣所にあった分析票では、新名号湯や不忘湯などとの混合泉でした。
 源泉の温度は52.0℃、勇出量は84.2ℓ/min、pHは7.5でした。風呂の温度は両方とも42℃弱で湯口から小は45.6℃、大は48.5℃のお湯が注がれていました。

青根温泉不忘閣の御殿湯由来記
青根温泉不忘閣の御殿湯(小)
青根温泉不忘閣の御殿湯(大)

 次に新湯に入りました。客が少ない場合は御殿湯以外は貸切になります。フロントに木札があれば浴室の入り口にかざしておくシステムです。新湯は大湯についで古い風呂です。中は暗くて写真は撮れませんでした。多くの文人が宿泊して入浴した当時の姿を残しています。風呂の温度は42.2℃と少し高めで湯口からは49.5℃のお湯が注がれていました。

青根温泉不忘閣の新湯入り口

 蔵の脇を通り抜けてその一つの中に造った蔵湯浴司に入りました。
土蔵には芥川龍之介が原稿執筆で訪れ、客が煩くて退避したところです。土蔵の中に造られた風呂には驚くとともに、豊かなゆったりとした気分を楽しむことができました。49.5℃のお湯が注ぎこまれて風呂の温度は41.5℃でした。

青根温泉不忘閣の蔵湯浴司
青根温泉不忘閣の土蔵
青根温泉不忘閣の祠

青根温泉不忘閣の蔵湯

 最後に最も古い大湯に入りました。共同浴場だったとき男女の仕切りがあったのを取り払い、伊達政宗が入った当時の石組みを残して木造に新しく生まれ変わりました。44。0℃のお湯がふんだんに注ぎこまれて、風呂の温度は40.4℃でした。
 不忘閣の温泉はすべて飲泉可能です。

青根温泉不忘閣の大湯の看板
青根温泉不忘閣の大湯

 翌朝の青根御殿のツアーのときに古賀政男が宿泊した部屋を案内してもらいました。以前湯治部屋として使っていたところでした。

古賀政男が宿泊した部屋

 山本周五郎『樅ノ木は残った』を書くために宿泊したのは青根御殿でした。NHKの大河ドラマの放映でブームになる前は御殿にも宿泊できていました。そこから樅の木が見えました。

青根御殿から見える樅の木

 青根御殿には川端康成吉川英治与謝野晶子芥川龍之介などの文人たちが宿泊した記録がたくさんありました。川端康成や吉川英治が宿泊したのを初めて知りました。吉川英治の色紙は立派でした。

川端康成の署名

吉川英治の色紙

与謝野晶子の短歌
 
 伊達藩の御殿湯として伊達政宗をはじめたくさんの遺品が三つの蔵に収めてあり、青根御殿に展示してあるのはほんの一部だそうです。建物の改修の時期になっているのですが改修してから遺品をどう活用するか思案中だそうです。

青根御殿の伊達家の遺品1
青根御殿の伊達家の遺品2
青根御殿の伊達家の遺品3

 宿泊して夜に雷が鳴り、雪を呼んだのか朝には青根御殿は雪の中でした。2階からの眺めも雪景色で温泉神社を窓から眺めて終わりにしました。

青根御殿

2階からの眺め

温泉神社

 さすがに日本の秘湯を守る会員の宿だけあって、44年間の労働の終了にふさわしい記念の温泉宿泊となり大満足しました。